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朝日新聞と岩波『科学』

 本日の朝日新聞33面(文化・文明欄)に「多数決、本当に民主的?」という特集が組まれています。私も企画に参加しており、意見を寄せています。よろしければご覧ください。まず、この「多数決、本当に民主的?」という特集名が素晴らしいと思います。多数決と民主主義の区別が明示されている。http://www.asahi.com/articles/DA3S11856784.html

 多数決イコール民主主義のような、奇妙な言説が世にはあります。しかし民主主義は理念であり、多数決は制度です。だから両者は別次元の概念であり、そもそもイコールで結ぶことはできない。そして理念はそれ自体では機能しないので、具体化する制度が必要です。

 ではいったい多数決という制度は、民主主義の理念を適切に具体化する制度なのか。そうでもない・少なからぬ状況で答えはノーだ・けっこうやばい制度だ、ということを示す諸成果が、社会的選択理論には昔からあります。思想でもイデオロギーでもない、数学的な成果です。 

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

 

 こうした事柄を扱う拙稿『PRESIDENT』(7/13号)の「なぜ橋下市長は「多数決」を迫ったのか」http://president.jp/articles/-/15564 をリンクしておきます。個人的には、これまで自分が書いた雑誌原稿のなかで一番気に入っています。

 また、今月号の岩波『科学』(7月号)に「多数決主義の欠陥を超えて—民主主義にかなう投票の数理とは」を寄稿しています。『科学』はもっと読まれてほしい、本当によい雑誌です。何を科学者が決めて、何を人々が民主的に決めるのか。例えば原発再稼働は誰が決めるべきなのか。安保法案の合憲性を審査する人は誰が決めるべきなのか。難題ですが、近々きちんとまとめてみたいテーマです。コンドルセが18世紀末に遺した論考がその手掛かりを与えてくれると考えています。18世紀というのは人類史においてはつい最近のことで、「古典」というほどではない。いまだ十分新しいと感じることが多いです。 

科学 2015年 07 月号 [雑誌]

科学 2015年 07 月号 [雑誌]

科学者に委ねてはいけないこと――科学から「生」をとりもどす

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