子供に勉強を教える話

 自分の子供たちに算数を教えている。昨夏あまりの出来なさに愕然として、「これはもう俺が教えねば、自分の老後は暗い」と思い立ったからだ。それ以来、週に1~2回算数を教え続けている。習慣化するのは得意なので苦にならないが、機会費用が高い。多大な時間と労力、そして気力がいる。

 これら資源をビジネスに投入したら、大儲けできる気がする。だが、いま、子供たちにこの資源を投入するほうが、わたしの長期の人生コスパ的には好ましいと思うのだ。

 わたしの子供たちは、わたしに出来ないことが出来たり、わたしの持たない良さを持っている。寛容とか、自然な優しさとか、素晴らしいと思う。だが、やはり、勉強くらいはできてほしいと思う。

 親が子供に勉強を教えるときの最大の問題は、怒ってしまうことだ。とにかく腹が立つ。多分これは、わたしに特有のことではないと思う。だから塾講師は、塾のほうがよいと言う。だが塾講師は、わたしほど学習にコミットしてくれるだろうか。わたしほど、この子たちを教育する強力なインセンティブがあるとは思えない。

 だが出来ないと怒ってしまう。わたしが怒ると、息子はびびって泣き、娘は「お父さん怒らないで」と注意する。わたしは注意を一応きくが、なんせ親のほうが子供より立場が強いので、怒り続けることはできる。そんなことをしても誰も得をしないのだが、自制だけでは自分をコントロールできない。

 そこで今日は娘の発案で「一回怒ると、お父さんの顔に一回ボールペンでシワを描く」ということになった。怒るとボールペンでほうれい線をえぐられるのだ。よくこんなことを思いつくものだと感心するが、このような発案をさせる程度には、わたしたち親子は問題を共有できている。油性マジックだと明日の仕事に差し障りが出るので、ボールペンが最適ということになった。

 この約束のもとで、わたしは今日一度も怒らずに済んだので、よい制度が導入できたと思う。制度なしで制御できる自分になれたらベストだが、これでセカンドベストである。