雑感(前半)GENKING「しくじり先生」

 毎週日曜の夜に、テレビ朝日の「しくじり先生」を欠かさず見ている。人生でしくじった有名人が、なぜしくじったのか、心のどこに隙間があったのか、本人が魂で教えてくれる教育的価値の高い番組だ。

 5月29日の回は、タレントのGENKING氏がしくじり先生であった。わたしは同氏がテレビに出はじめたとき、いったい何でこの人はこんなに豪華な暮らしができているのか不思議に思っていた。だが当時、彼はカード地獄のまっただなかで、1000万円の借金があったという。SNSで見栄を張るため、セレブな暮らしを演出していたとのことだ。

 怖い、怖い、怖すぎる。何が怖いかというと、自分がSNSをやったら、同じようなことをしそうな気がする。わたしの浅薄な心がほんとうに怖い。

 買い物をするとき、クレジットカードで支払うと、お金を使ってる感が少ない。どれだけ使ったのかを意識しづらい。わたしは人生のある時期、カードの支払いで自転車操業みたいな生活をしていた。どの時期かをいうと友人知人にドン引きされそうなのでいえない。そのときは、ああ今月は支払えないとなると、一時的な多重債務で乗り切っていた。

 32歳のころ、ある有名プラチナカードのインビテーションが届いて、所持するようになった。当時わたしは国立大学の准教授で大した収入はなかったが、毎月のカード限度額は500万円と設定されていた。インビテーションが届いたときは、虚栄心が刺激された。

 プラチナカードの実質的な効能は、コンシェルジュのチケット手配や、高級ホテルに泊まったときの部屋のアップグレードだと思う。だがわたしに最も影響したのは、黒いカードを会計で差し出すときの、甘い優越感だったように思う。お金を支払うたびにささやかな虚栄心が満たされるのだ。わたしは馬鹿で愚かだし、カード会社は狡猾だと思う。もちろん馬鹿と愚かを喰いものにする狡猾が悪い。

 そしてわたしは毎日1ミリづつ狂っていった。もちろん狂っていっている自覚なんかありはしない。コーヒーにミルクを一滴ずつ入れていくと、いつの間にかカフェオレになっているようなものだ。予算制約の感覚はなくなっていった。

(後半に続く)

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