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TBSラジオ12/17「久米宏 ラジオなんですけど」

 今日はTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」に電話出演した。公開生放送をするかしないかを決めるリスナー国民投票へのコメントだ。自宅の電話での会話が電波に乗るというのは、不思議な気がするが、慣れてはきた。予定時間の前に、電話の前に座って、発声練習をする。「なにぬねの」が苦手なので「なねにぬねのなの」には時間をかけ、両手で顔の筋肉をもみほぐす。

 ラジオに出て「今日は上手く喋れた」と思えるとき・そうでないときがある。もちろんそれは自分の主観にすぎない。リスナーがどう思ったかは分からないし、自分で番組を聴きかえす度胸はない。

 ただ、上手く喋れたと思えるのは、話せた内容はともかく、淀みなく喋れて、話に流れがあって、最後をきちんと締められたときだ。そしてこれは、私の技術というよりは、私を誘導するパーソナリティの技術である。久米宏氏が、こうした技術の超達人であることは、いうまでもない。会話後の私には心地よい感覚だけが残る。凄いものだ。

 久米さんほどの高みはもちろん望めないが、自分ももうちょっと日常の会話が上手になりたいと思う。それは性格のみならず、少なからず技術の問題だと思うのだけれど、どうしたら上達するのかよく分からない。

 

 今日で年内の、取材、講演、出演などの喋り仕事をすべて終えた。12月下旬のものは、年明けの1月にまわしてもらった。

 短期的には、新著を一冊書きあげねばならない。その合間に某思想誌に4000字の原稿と、某経済誌に5000字の原稿と、某文庫に6000字の解説を書き、某共著の原稿8000字×3の改訂をせねばならない。どの仕事も喜んで引き受けたものだが、完遂できる気がしない。

 精神的にキツくなると、「実は自分は天才で、あるとき夢のように素晴らしい原稿が短時間で出来上がる」と夢想することがある。もちろん夢想は夢想に過ぎないので、時間をかけコツコツ書き進めるしかない。やりたいことは色々あるし、企画を考えているときは楽しいものだが、実際にやるのは大変である。

 気分転換に犬の散歩をして帰宅すると、郵便受けにアマルティア・セン『経済学と倫理学』(ちくま学芸文庫)が恵投されていた。大学ではなく自宅に本が送られるのは珍しい。どうもありがとうございました。

アマルティア・セン講義 経済学と倫理学 (ちくま学芸文庫)

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