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急激に体調不良になった話

 昼食を午後2時ごろ取ることが多い。午前から書き物をしたり、お客さんと喋っていると、それくらいの時間になるのだ。そんな昨日の話。

 その日も午後2時ごろ、黒い油の浮いた九州とんこつラーメンを注文した。生ニンニクを入れるか聞かれたので、入れてもらった。麺は細麺で、固さは五段階で上から二番目の「バリカタ」である。食べ終わっても、どうもまだ小腹が空いているので、替え玉に一番固い「ハリガネ」を頼んだ。2玉食べるとお腹がいっぱいになる。本当は1.5玉がよいのだけれど、残すのも嫌なので全部食べた。意外と麺は非分割財である。

 午後5時ごろ、なんだか体の調子がよくないと思った。身体が思うように動かない。寒気がする。風邪をひいたのだろうか。帰宅することにした。誰だ俺に風邪をうつした奴はと、グラグラした頭のなかで犯人探しをはじめる。今日風邪でゼミを休んだ学生だろうか、昨日の官庁の勉強会で風邪をひいていたあの人だろうかとか、朦朧としながら考えるというか、変なことばかり思い付く。

 午後6時ごろ帰宅した。家族から離れ、自室に引きこもり、布団に横になった。すごい寒気がする。羽毛布団にくるまっても寒気が取れない。高熱は出ていない気はする。でも自分の体温が分からないくらい体調が悪いのかもしれない。体温計で熱を測るのはこわいからいやだ。

 それにしても、こんなに急激に体調が悪化するのは奇妙である。何か大病にかかったのではないかと不安になる。体が動かず、肩で息をする。あまりの気持ち悪さに「俺はここで急死するのでは」との思いも頭をかすめる。今週は新聞にふたつロングインタビューが載る。いま死んだらその記事の横に追悼文が載るだろうか。俺の多数決の言論のあとは誰が継ぐのか。研究室の院生たちよ継いでくれ、いや、まだそれはあいつらには早い、とか超くだらないことばかり布団のなかで考える。

 そのうちに、何かがおかしいことに気が付いた。

 自分の口が異常にくさいのだ。にんにくの異臭がする。胃から不気味なガスが、火山口からマグマが溢れるように出続けている。ああ、そういえばここ何時間か、異常なほどにんにく味のゲップが出る。ものすごく気持ち悪い。そもそも「バリカタ」も「ハリガネ」も消化に悪そうだ。キャベジンでもあればいいのだろうか? だがうちはそのような常備薬を切らしている。 

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  布団を出て立つと、貧血を起こしたみたいにグラグラして、目眩がした。壁に寄りかかっていると、そのうち吐き気がしてきた。ああ、わかる。これは不可逆的なやつだ。どう努力しても工夫しても止められないやつ。俺はこれから派手に胃のなかのものをぶちまけるのだ。だがそこを踏ん張ってこらえてみる。意志の力はどこまで嘔吐を凌駕できるのだろう。

 凌駕できないそのときはすぐに訪れた。なんとなく、すました表情を作って、軽快な足どりでトイレに向かってみた。誰も見ていないのに、自分なりのプライドである。そして床にペタンと行儀よく座って、綺麗な便座のふたを華麗に開けてみせた。ふふふ、これで何が起こっても大丈夫。数瞬後、胃から猛烈な吐き気が込み上げてきて、突如「あああああ」と大声をあげながら、胃のなかのすべてを吐き出した。自分からこんな大声が不随意に出るのかと驚く。便器は吐瀉物を余さずキャッチしてくれ、私は床に座ったまま便座の蓋を閉めて水を流した。

 大声が隣家の人に聞こえていないか気になる。目の前がピンぼけなうえ白黒写真みたいに見えるけど、トイレの窓は閉まっている様子なので、ひと安心。「あああああ」の大声を聞いた子供たちが心配してトイレに駆け寄る足音が聞こえたので、ドアの鍵を閉めて静かに無視した。すまないが父さんはいま何も喋れないし、誰にも会いたくないのだ。

 というわけで、体調不良の犯人はどうやら、生にんにくのようであった。生でにんにくを食べるとそのようなことがあると、ネットで調べて初めて知った。そういうものなのか。それは常識なのか。自分には常識が欠けていると思うことが多々あるが、今回もそのケースか。

 結局、二度吐いた。その夜は何も食べずに、また、下痢をした。そして早めに眠りについた。朝起きてみると「ちょっと弱った人」くらいの体調に戻っていた。頭の働きはいつもの2割減くらい。

 外を歩いているとき、ラーメン屋が目に入ると、軽く気持ちが悪くなる。少しやつれたような気がする。そのぶん腹筋が割れて見えるようになっていたらいいなと思う。当分のあいだ私は麺類を食べないだろうし、金輪際にんにくは入れないだろう。

嘔吐 新訳

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