パン食い競争(後編)

 前回「パン食い競争(前編)」からの続きです。どうか前編から一字一句逃さず丁寧に読んでください。

 

 パン食い競争参加者の集合場所には、父母が200人くらい集まっている。私たちは適当に10列に並んで、そのなかの10人で競うことになる。父親が7割、母親が3割くらいだろうか。いったい本気でパン食い競争に臨んでいる奴は俺以外にいるのか。

 まず妊婦さんは、たぶん本気でパン食い競争には挑まないと思う。乳児を抱っこしてるお父さんも、せいぜい早歩きが関の山だろう。サンダル履きの人は、そもそも走る気ないだろう。このへんの連中は論外だ。

 他の人、とくに男性の靴を見てみる。ナイキが一番多いが、どれもただのスニーカーっぽい。アディダスもいるけど、アディゼロとかじゃない。半パンの人は膝下の脚の筋肉が見えるわけだが、「脚ができてる」人はどうも見当たらない。太っている人もたぶん速くは走らないと思う。

 とにかく、闘志を燃やしてるのは、一見したところ自分だけっぽい。いやあ僕は大人げないのかあ、馬鹿なのかなあと思わなくもない。しかしこんなに、親が、子供の前でいい格好できるチャンスは、なかなかないように思う。勝ちに行く意志およびその発露としての行為こそが問われているのではないか。

 自分の組の順番になるまで、パンをくわえるイメトレをして立って待つ。パンまで急加速、急停止してパンをくわえ取り、猛ダッシュでゴールする成功のイメージだ。ビー・ポジティブ。スタートラインで利き足の左を前に置き、大地を踏みしめる。大袈裟ですまない。

 自分の組の順番が来た。バンとピストルの音が鳴る。かすかに火薬のにおい。猛ダッシュでパンまで疾走。そのあたりの記憶がない。パンを一発目でくわえるのに成功して全速力で駆け抜けると、目の前にゴールのテープがあった。そこを一番で走り切るときに、思わず両手をあげて喜んでしまった。ヒャッハー、すごい多幸感だ。本に重版がかかったときより嬉しい。

 たぶん走りのフォームが良かったはずだ。コースを出て戻るときに、子供の元担任の先生が「すごかったです!」と言ってくれた。これは褒めてくれているのだろうか。何がどうすごかったのか細かく説明してほしいが、私はパンをくわえたままなので喋れないし、黙って満面の笑みでおじぎをしといた。ちなみにパンは、私が子供の頃から好きな、ヤマザキの「いちごジャムパン」だ。

ヤマザキ ジャムパン 3個からご注文ください

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 子供から「おとうさん、いちばんだったね!」と、たいそう褒められた。子供たちよ父が誇らしいか、私も今日のことを誇りに思うよ、な気分である。今後、私は今日の話を定期的に子供たちにリマインドして、一生の記憶に残させようと思う。

 私以外に一番ではしゃいでいる大人がいるかといえば、意外といた。ゴール前で狂喜して変な一回転してゴールするお父さんとか、ウサギのように駆け抜けガッツポーズする先生とか。前者は一回転がタイムロスでいただけないと思ったが、後者の走りは芸術的であった。

 帰り際に、子供の現担任の先生から「かっこよかったです!」と言ってもらえた。そうか、かっこよかったか、フォームならよかっただろうが、と思う。滑稽ではなかったかとも思うが、基本的にそういうのは自意識過剰であろう。

 10月のわりに暑い日で、気温は28度あった。二人の子供が通う・通ったこの幼稚園の運動会も今年で5年目、最後である。そんな感慨とせつなさを胸に抱きながら、あんまり暑いので、帰宅途中にコンビニでアイスクリームを買って家路に着いた。