書いてた途中の記録(その5)

(その4)からの続きです。

 

 2014年の大晦日に、おそるおそる走るのを再開した。多摩川沿いのいつものコースを8.5km走った。どうやら脚はそれが可能な程度には治ったようであった。よかった。正月が明けてからは、そのコースを週に2-3回のペースで走った。

 正月には子供を連れて第二京浜まで箱根駅伝を見に行き、旗を振って早稲田のランナーを応援した(卒業生なので)。私はそんなにスポーツを観ないけど、箱根駅伝だけは必ず毎年応援に行く。残念ながら慶應は出場していない。ランナーはおよそキロ3分で走るから、目の前を一瞬で駆け抜けていく。観戦もあっさりしてていい。その後は自転車で川崎大師に初詣に行って屋台で焼き鳥とリンゴ飴を食べた。

 その自転車は電動の三人乗りママチャリで、前後に子供を乗せられる。子供は年長と年中で、いまが三人乗りできるギリギリ最後の時期だろう、と切なく思っていたら数日後に前の子供イスにヒビが入り使えなくなってしまった。五年以上酷使していたから仕方ない。結局その初詣が最後の三人乗りになった。楽しかった。子供の成長は早いので、そのときの瞬間の切なさを味わえておけて本当によかった。

 1月から毎週金曜は、研究室から自宅まで約16kmを走って帰ることにした。LSDだ。Long Slow Distance、長くゆっくり走るのだが、私はこれを「LSDキメる」と呼んでいた。妻に対して「俺、今日ちょっとLSDキメて帰るから」のように使うのが正しいが、人前で言うと幻覚剤中毒と誤解されるだろう。

 なぜ走って帰ることを思いついたのか、よく分からない。何となく自分内でウケるからだと思う。ほとんど手ぶらでランニングウェアで研究室に来て、仕事して16km走って帰るのは、なんか面白い。所持品はSuica、Visaカード、1000円札一枚だけだ。市街地なので信号が多く、16kmにだいたい1時間50分かかる。

 では、これは面白かったかというと、いささか微妙であった。国道沿いを延々と走るので、景色が単調なうえ空気も悪く、なんかこう、五感が喜ばない感じだ。季節の移り変わりや自然を楽しむ要素が乏しい。それでも初めて多摩川まで辿り着いたときには感激した。

 一月は『多数決を疑う』の最終的な校正をひたすらやり、また内閣府の経済理論研修が始まったのでそれに注力していた。ところで、こんなふうに書くと、他の仕事をしてないみたいですが、慶應では普通に授業と学内業務があって、その他学会関係の仕事や共同研究などがあります。出版社や官庁の方と会ったりもします。このブログだけだと暇そうに見えるかもしれませんが、実は、けっこう忙しいのです。

 そんな中で、忙しい間を縫ってでもなく、仕事を片付けてからでもなく、とにかく決まった時間が来るとすべて放りだして走る・ジムに行くというのが、私がやっていることです。どこにしわ寄せが行っているのか、よく分からない。

 それでも予定通り1月30日の午前中に『多数決を疑う』を校了して編集者に送り、午後には一橋の規範経済学研究センター設立記念シンポジウムに参加して祝辞を述べた。ちなみに私は本も雑誌も新聞も、締め切りを破ったことが一度もない。神は細部に宿るといえど、Done is better than perfectionである。制限時間ギリギリまで最善を尽くしたら、後は原稿に恥が残っていても仕方あるまい。

 LSDを始めたことで、距離への抵抗感がかなり減った。だが、それでも、たまに膝が痛む。10kmを超すと痛くなりがちだ(一度それでギブアップしてバスに乗って帰った)。もうケガだけはご免である。1月は120kmくらい走ったが、私はそろそろ自分のなかで目標というか、落としどころを見付けなければならない。

 マラソンは無理だ。世間には「マラソンが趣味」の人がいるが、本当にすごいと思う。私は膝が痛んで完走できない。自分のせっかちな性格的にも、長時間走るのは、多分あまり合っていない。

 ハーフマラソンには関心あるが、それでも膝にノーダメージとはいかないと思う。そもそもまだ、自分は10km大会をノーダメージで走れたことがないのだ。というわけで、背伸びはやめて地道に、目標を「10km大会をノーダメージで走ること」と定めた。

 ところで、一人で10km走ることと、10km大会を走ることは、すいぶん勝手が違う。前者は信号で止まるので自動的に休みが入るし、一人なので周囲のペースは関係ない。後者だと信号がないので休まないし、集団なので周囲のペースにつられる。私には10km大会でさえ十分難しいのだ。こういうのは解釈の問題で、自分の走力が低いのではなく、自分には短い距離でも冒険なのだと思うことにした。少量のアルコールで酔えるようなもので、効率的でいい。

 というわけで、「ほどほどでいいじゃないか」と思うようになった。あんまり趣味に没頭したり、本気で取り組まなくてもいい。ほどよく楽しめれば、生活の質が上がればそれでよいではないか。

 2月に入ってからは「経済セミナー 4-5月号」用に、佐藤滋・古市将人(著)『租税抵抗の経済学――信頼と合意に基づく社会へ』(岩波書店)への書評を書いた。いい本だ(どういい本なのかは書評に書いた)。人間は社会を作るが、社会は人間を作るという、社会科学として王道の一冊だと思う。

租税抵抗の財政学――信頼と合意に基づく社会へ (シリーズ 現代経済の展望)

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経済セミナー 2015年 05 月号 [雑誌]

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