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書いてた途中の記録(その4)

『多数決を疑う』執筆記録 ラン

(その3)からの続きです。たぶん(その6)くらいまで続く気がする。

 

 9月末に膝を痛めたので10月は中旬まで走れなかった。下旬になり少しずつ走り始めたが練習は足りない。そのまま10月末の10km走に出場した。快晴の多摩川河川敷。きちんとしたシューズにしたので前回より速く走れるはずだと予想していた。より正確にいうと、走れるはずだというより、走れて然るべきだと勝手に判断した。

 本番は途中で膝が痛くなったが、エキサイトしているので痛みは感じにくい。そして、そもそも速く走れるべきなので痛むわけがないという理由から、苦しいまま走り続けた。自分でも馬鹿だと思うのだが、痛んでいる事実より、痛むわけがないという思い込みを優先したのだ。結果、タイムは51分となった。前回より1分ほど早い。

 レース後は草の上に寝転がってストレッチした。お陽さまのもと草むらに寝転ぶのは気持ちいい。今回は事前にコンビニで氷を一袋買っており、かなり丁寧にクールダウンもした。シューズを変えた割にはタイムが伸びなかったと思いながら、膝周りに貼っていた「膝保護テーピング」みたいなものを剥がした。このとき既に膝に痛みはあったはずだが、エキサイトしているのでまだそれに気付いていない。

 会場の河川敷から自転車で帰ったが、自転車は漕げた。だが帰宅すると階段が上れないことに気が付いた。両膝にズキンと鋭い痛みが走るのだ。手すりをつたってどうにか二階のリビングに上がった。下りは上りよりさらに痛く、これはまずいかもしれないと思った。

 次の日も、その次の日も、膝は一向に良くならず、良くなる気配も感じられなかった。階段が使えないと通勤は不便をきわめる。膝を襲うズキンがこわい。いちいちエレベータまで遠回りせねばならないので、面倒だし時間もかかる。エレベータが無い所では、手すりで這うように、脂汗を流しながら階段を移動せねばならなかった。

 学内でも階段でズキンときて、踊り場でうずくまることが何度かあった。慶應の塾生は紳士淑女なのでこういうとき、とても親切に助けてくれたり声をかけてくれたりするのだが、あまりに格好悪いので、見て見ぬ振りをしてほしいと思うこともあった。その節はどうもありがとう。こういう理由だったのです。

 それにしても治らないので、整形外科かハリのどちらかに行くことにした。だが整形外科はつまらない気がする。痛み止めの薬を出されて終わりなのではないか。自分は西洋医学にはいささか飽きている。その点ハリは未体験なので、スポーツ専門の鍼灸院に行くことにした。そこでは問診を受け、超音波で膝をスキャンされ、「腸脛靭帯炎」(ちょうけいじんたいえん)だと診断された。

 ランナーズニー。カタカナでいうと微妙に格好良い気がするので、それについてはエンジョイするとして、ものすごく生活に困る。筋力やストレッチが足りないとのことだ。回復を早めるためハリ治療を受けることにした。

 結論からいうと、ハリは割とよく効いた。施術してもらったその場ですぐ良くなるわけではないが、翌日には痛みが明らかに改善している。このハリ治療は、身体の柔らかいところに金槌でハリを深く刺して、そこに電流をビリビリ流すというものだ。私は「痛気持ちいい」は好きなので自分に向いていると思ったが、実際は全然気持ち良くなくて、ひたすら痛かった。痛みのなかに気持ち良さを見出す力が自分に不足していたのかもしれない。とにかく痛くてヒィヒィものであった。

 何回かハリ治療に通って、生活上のアドバイスを聞き、付けるべき筋肉の箇所を教わった。さすがスポーツ専門院らしく、鍼灸師はランナーで、ランニング用の筋肉とストレッチにとても詳しかった。そして、およそ一か月半後の12月中旬になって、ようやく日常生活が不自由しないまでに回復した。

 その間はもちろん走れなかった。せっかく集めたグッズ(シューズ、ウェア、走用ポーチ、GPS時計、音楽機器など)が悲しい。無駄遣いだったのか。しかしまあ交通事故に遭ったわけではないし、世の中には他に憂うべきことが山のようにある。

 というわけで、これまでと同様に、週に二回、黙々とジムに通い続けた。それまで上半身中心だったが、走るのに必要な筋肉を作るために、脚のマシンも使うようにした。だが膝が痛いと脚のトレーニングにも差し障りが出る。膝に負担が少ないやり方を見付けるのに時間がかかった。

 ところで、脚に限らず、ジムのマシンで強い負荷をかけて短時間でオールアウトすると、割と早く・ピンポイントに筋肉を付けられる。マシンは本当に効率的だ。私の場合は素人の健康志向的なトレーニングで、いまもムキムキではないが、それでも体全体に筋肉が付くと、本を何キロも持ち運べるようになったし、ついでに寒がりでもなくなった。あと、実感としては体温が上がった。

 この時期には『多数決を疑う』を推敲していた。有り難いことに丁寧なコメントを多く頂いて、コメントにリプライを送ったり、加筆修正したりしていた。丸ごと削った節もいくつかある。削った箇所の多くは「マイナーだが私が専門家的な関心を持ったもの」である。一例には「コンドルセがジロンド派の憲法草案に載せていた独特な議員選出方式」がある。私には面白いのだが、おそらく多くの人にはそうでないし、話の腰を折りそうだから削除した。

 なんか最近、膝痛や筋トレだのばかり書いているので次回はその文章を貼ります。【追記】やっぱり長いのでやめます。何か別の形で公開します。